About Shimane.

神話の国を知る

Where is Shimane ?島根県について

島根の風景

本州の西部に位置し、日本海に面した中国地方(山陰地方)の島根県。 日本で2番目に人口の少ない都道府県です。 数字や地図の上では小さく見えるこの県には、目に見える景色以上の物語が詰まっています。 古くから「神話の国」として知られ、歴史的な遺産や豊かな自然環境が魅力の島根県は、大きく3つの地域に分かれています。

  • 東部 ― 日本神話の発祥地、出雲
  • 西部 ― 銀鉱山と荒々しい海を抱く、石見
  • 沖合 ― 独自の自然が広がる、隠岐諸島

それぞれが異なる表情を持ちながらも、共通しているのは「飾らない本質」が息づいていること。

便利さ速さが求められる現代において、あえてこの地を歩くことは、自分自身の呼吸を取り戻す旅にほかなりません。 自然と人の距離が近い。便利さよりも、余白がある。風の音に耳を澄まし、水の流れに心を預ける。 ――そんな時間が、いまも選べる場所。

過去と現在が重なり、まだ見ぬ未来へと静かにつながっていく場所。 訪れる人は皆、自らの意思でここを選んでいます。

6708
面積
広がるのはダイナミックな自然と手つかずの余白。
630,771
人口
静けさは日常。少ないことが、豊かさの証明。
11
神在月
全国では「神無月」と呼ばれるこの時期、島根では神在月と呼ばれる。
西暦712
古事記
この国の始まりが、言葉として記された年。
2007
世界遺産登録
石見銀山遺跡とその文化的景観が世界文化遺産として認められる。かつて世界の銀の約3分の1を産出した。
2013
ジオパーク認定
隠岐諸島がユネスコ世界ジオパークに。太古の地球の記憶が残る。
島根県内の地図
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Shimane & Kojiki島根と古事記の関係

古事記の世界

古事記。それは、ただの古い書物ではない。
日本という国が、どのようにして“はじまったのか”を語る、最初の物語である。
8世紀、太安万侶の手によって記された古事記。だがその中身は、さらに遥か昔――文字すら持たなかった時代の記憶にまで遡る。

世界がまだ形を持たず、空と大地が分かれていなかった頃。最初の神々が生まれ、やがて国を創る存在が現れる。イザナギとイザナミ。

二柱の神は、混沌の海に矛を差し入れ、滴り落ちた雫から最初の島を生み出した。
それは、今の日本へとつながる“はじまりのかたち”。
命が生まれ、神々が増え、光と闇が分かたれていく。やがて、太陽が天に昇り、世界に秩序がもたらされる。

だがその物語は、遠い空想では終わらない。
神々が歩いたとされる場所。 祈りが捧げられた土地。 そして、縁が結ばれてきた場所。

その多くが、今もなお――島根、出雲に残されている。

古事記とは、過去を語るための書ではない。 それは、この国に流れ続ける時間の源流であり、 私たちがどこから来たのかを、静かに問いかける“記憶”なのである。

黄泉の国

国を生み、多くの神を産んだイザナミ(伊邪那美)は、火の神を産んだことで命を落とす。
死を受け入れられなかったイザナギ(伊邪那岐)は、彼女を追い黄泉の国へと向かった。
しかしそこは、すでに“戻れない世界”。
変わり果てた姿を見られたイザナミは怒り、イザナギは逃げるようにして現世へ戻る。
その時、二人の間に引かれた境界。
それが、「生」と「死」を分ける最初の線となった。

須佐之男命

イザナギが黄泉の国から逃げ帰った後、汚れを落とす「禊(みそぎ)」を行った際、最後に顔を洗って生まれたのが
天照大神(アマテラス)、月読命(ツクヨミ)、須佐之男命(スサノオ)、三柱の神である。
スサノオは海原を治めるよう父イザナギから命令されるが、「母(イザナミ)のいる根の国へ行きたい」と泣き叫び世界を荒らしたため、怒りを買い追放されてしまう。

彼が降り立ったのは、現在の出雲の地。

そこで出会ったのは、悲しみに暮れる老夫婦と、最後に残された娘。
夫婦の娘たちは――八つの頭と尾を持つ巨大な蛇――八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に、毎年一人ずつ喰われていた。
スサノオは、その娘、クシナダヒメとの結婚を条件にオロチ退治を引き受け、酒を使って大蛇を酔わせ、ついに討ち取る。
その尾から現れた一本の剣。
それは後に、国の象徴となる力を宿していた。

世界を築く国づくり

出雲の地で築かれた国は、豊かで穏やかなものだった。
その中心にいたのが、スサノオの娘婿となった大国主神(オオクニヌシ)。彼は多くの試練を乗り越え、人々と土地を結びながら国を築いていく。
しかしやがて、天からの使者が訪れる。

「この国を、天の神々に譲ってほしい」

争いではなく、対話によって選ばれた道。大国主は国を譲り、自らは見えない世界へと退く。
その代わりに与えられたのが、神々が集う場所――出雲だった。

1300年を経て、あなたへ繋がる物語

神々の時代は終わり、物語はやがて人の歴史へと引き継がれていく。
けれど、『古事記』は決して過去の遺物ではない。
出雲大社に響く柏手の音。お正月に神様を迎える習慣。そして、人と人とを結ぶ「縁」、それを大切に思う気持ち。
そのすべてが、古事記に記された神々の物語の続きだ。
1300年前に始まった物語は、いま、この瞬間も続いている。
――そして、その続きを生きるのは、あなたである。

What is Kamiari-Duki ?神在月とは?

旧暦10月。
八百万の神々が集う、一年に一度の「会議」

日本中の神々が、目に見える世界を離れ、稲佐の浜へと降り立つ。
波打ち際で焚かれる迎え火。
その煙が、現世と常世(とこよ)の境界を曖昧にする。

このとき、出雲は“見えない存在”に最も近づく場所になる。

神々が集い交わされる「神議(かみはかり)」。

この時期に島根を訪れるということは、その大きな流れの中に、自らの身を置くということ。

縁を願うため。
新しい出会いを信じるため。
そして、自分自身のこれからに、そっと向き合うために。

神迎神事 旧暦10月10日の夜 / 稲佐の浜
神在祭 旧暦10月11日〜17日 / 出雲大社
縁結大祭 旧暦10月15日〜17日 / 出雲大社
神等去出神事 旧暦10月17日と26日 / 出雲大社・佐太神社

―― 祈りは、静寂の中に宿る。
神在月の出雲は、神々の会議を邪魔せぬよう、人々が息を潜めて静かに祈る「静寂の季節」。

風の音に、神々の気配を感じる。
波の揺らぎに、運命のはじまりを知る。

この地に来て、空気に触れたとき、
その意味を、静かに実感することになる。